心は不安じゃないのに、体だけが勝手に緊張していた。

気付いたこと/手放したこと

昨日、人間ドックに行ってきた。

そういう人多いのかもしれないけど、私は本当に人間ドックが嫌いだ。

いやで嫌でたまらない。

いつも、もうすぐ人間ドックだと思うと、1週間以上前から、どんよりとした気分になり、当日なんてもう、お先真っ暗な表情と足取りで、私の体にだけ黒いモヤがかかってると思う。

それが、昨日の朝。

なんと、すごいことに、あんまり緊張していない私がいた。

これは、私なんだろうか…?

どうしたんだ、私。

そういえば、1週間前だって、緊張も不安を感じることもなく、ただの日常を平然と過ごしながら昨日を迎えていた。恐るべき進化…!

一体、どうした私。いや、いいことなんだが。

もしかしたら、人間ドックの日程も良かったのかもしれない。

子供達の夏休みの最終日で、気持ちは、人間ドックよりもそちらに向きやすい。

あー明日からは!やっと学校が始まるぞー、という解放感。

これで夏休みが終わる、という期待。ぶっちゃけ。

それにしたって、どうして、何十年も嫌でたまらなかった感覚が、こんなにも薄まっているのか。

すごく不思議で、私は、人間ドックの待合で、興味深く自分を眺めていた。

これはおそらく、自分の不安と向き合ったことが大きいのではないか、と思った。

以前、こちらの記事にも書いたが、私は、実は、自分で不安になりたいから、不安になっていて、今度はそれを、不安ではなく「信頼」に替えてみよう、と思っていた。

それが大きいのだと、なんとなくわかった。

あと、不安を前借りしないこと、も。→この記事

こうして、自分の不安感と向き合って、少しずつそれを認めてきた結果、なんと、大嫌いだった人間ドックで、緊張しない、という現実を作り出していた。

これはこれで、すごく驚くべき変化なんだけど、実はもう一つ、驚きの事実を発見した。

それは、意識の上では、緊張していないし、リラックスできていて、不安がないのに、なんと体は、ガチガチだったのだ。

朝から、手足が冷たくて、さらに、人間ドック会場に着いたら、心臓がバクバクしてきた。

ドキドキ、バクバク。寒くて震える。

これは、明らかに緊張していた。

だけど、待合室で、そんな自分をゆっくり見つめてみたけど、頭(心?)では、不安がっていないと感じるのだ。

いつもは、もっとひたすら緊張して不安で嫌だったから、それと比べてリラックスしすぎている。頭の中は、シンとしているのだ。

それなのに、体は、こわばっている。

すごく不思議な感覚だった。

どうして、頭では不安を作り出していないはずなのに、勝手に体が緊張するんだ。

やめてほしい。

これって、自律神経ってやつの働きなのかもしれない、とか思いながら、体って不思議だなと思う。

多分、体って、常に、私が意識しないことも色々と先回りして手をかけてくれているんだと思う。

寒い時には勝手に体を温めようとしたり、怖い時には、すぐに戦えるように緊張状態を作る。

だから、人間ドックで勝手に体だけ緊張したっていうのは、もしかしたら、私がそれだけ長い期間をかけて、人間ドックは怖いもの、と体に学ばせてきた結果なのかもしれない。

昨日、人間ドック会場で、頭では平気なのに、体だけ緊張していることに気づいた時、意識が大丈夫、って思えば、体の緊張が解けるのではないかと思い、大丈夫だよ、不安じゃないよ、と思ってみたが、体の緊張は解けなかった。

何十年もかけて覚えてきたものなら、体の方は意識より少し時間がかかるのかもしれない。

恐るべし、体、だった。

まるで、意識と体は、別々に存在しているかのようで、意識のいうことを聞かなかった。

そんな不思議な体験をしながら、心なしか、いつもよりもスムーズに早く人間ドックの検査が終わっていった。

大まかな検査結果は、無事に問題ないことがわかり、ほっとした。

それと同時に、体のこわばりが消え、手足が暖かくなっていた。

毎年、検査結果が問題ないとわかると、どっと疲れて、それから何もしたくないほど脱力してしまうほどだが、今年は、それがなく、日常が上書きされていく感じだった。

それだけ今までは、身体中、心にも力が入って身構えていたんだろうと思う。

そういえば、もう一つ。

先週、私は、子供のスイミングスクールを変な姿勢で見学していて、腰を痛めた。

これも、もしかして、体は、人間ドックが近づいていることを察知して、ちょっとずつ体を緊張させていたのかもしれない。例年の私なら、それもあり得る。

だからそれくらいで、腰を痛めたのかもしれない、よくわからない。

歳のせいかもしれない、運動不足も大きい。

人間ドックでも、20年後に自分で歩きたいなら、今から運動しないと、と言われましたしね…。

とにかく、意識と体はつながっている、と言いつつも、意識と離れて体が勝手に動くこともある、と実感した。

不思議な関係。

でも、そうだ。20年後も、自分で歩いて、どこかに自由に出かけたいから、そろそろ私も、何か体を動かさないとな、と思う今日。

でも、まだ少し腰が痛いから、今日はいいや。