今日は月曜日で、週末に泊まりにきた兄夫婦たちの使ったシーツやらを洗濯している。
急に静かになった部屋が戻ってきた。
楽しい時や、賑やかな時には、「頭の中で考える」こともなく、週末にどんなことを考えていたのか、思い出そうとしてもよく覚えていない。
それでも、楽しかったな、という記憶と、心が動いた感覚は残っていて、それと同時に多少の疲れがある。
楽しくて、夢中になっている時には、思考は動いてないんだな。
ただ、目の前のことを見て、楽しんでいる。
私は、昔から内省するタイプで、常にノートとペンが離せないタイプで、ずっと書き続けてきた。
そのほとんどの内容が、実にくだらないことなのだが、書かないと落ち着かない。
人にはそれぞれ、誰に言われなくてもやってしまうことがあると言われるが、私にとっては、そんなものは無いなぁ、ということを、よく書いていたな。
私にとってのそれ、が書くことだったのかもしれないと気づいたのは最近で、あまりにも普通すぎて存在を忘れていたが、妙に納得した。
私は、人が何かに気づいていく瞬間が好きだ。
自分が、知らなかった自分を知る瞬間も好きだ。
誰かが、何かを掴んで、変わっていく瞬間も好きだ。
人は、なんとなく変わったりしない。
たとえ、そう見えたとしても、そこには、必ず何か理由があると思う。
私は、変わり続ける人で、そういう意味では、昔から変わっていない。
私は、変わり続けていきたいし、自分が変わっていく瞬間を、しっかり見届けたい。
「あ、そうか、だから私は、こんな古い価値観を握りしめていたんだな」と納得したい。そして手放して解放される。
その瞬間を味わうのが大好きだ。
多分、だから書き続けている。
誰かの心の中が、どうなっているのかはわからない。
でも、自分の心の中を、冷静に素直に見つめることはできる。
自分でも気づいていない自分の本心にたどり着くこともできる。
そして、それを抱きしめたり、または手放したりして、私はより解放されていく。
そんな瞬間が大好きで、やはり今日も、私は心の声を聞く。

