「私がやる」と決めたら、結果的にうまく家事を手伝ってもらえた

日常

誰にでもあることだと思うが、夫にイライラすることってあると思う。

これって、どうしてだろうと思うんだけど、考えてみたら、依存と期待だと思うのだ。

相手がこうしてくれたら嬉しい、こうしてほしい、きっとしてくれるはず、といった気持ちがあるから、それをしてくれない時にイライラしてくる。

考えてみたら、なんとも勝手な話なのだ。

あとは、私の個人的なこだわりが、イライラを生んでいる気もする。

たとえば、夫は料理をしてくれることがあるが、それ自体は嬉しいものの、料理をしながら片付けを同時並行することができない。

私の場合、料理をしながら、焼いている時間などの隙間時間に、使ったボールや小鍋をさっさと洗っていく。

そうしないと、料理が出来上がった時には、もっと言えば、食べ終わった頃には、シンクの中は、何事かと思うくらいの山が出来上がってしまう。

夫に、使ったものを片付けながら料理してよ、と言ったこともあったが、できない上に、夫にイライラされて、いいことがない。

しかし、料理をしてもらったから、片付けは私がやろうかと思うと、片付けている時に、無性に腹が立ってくるのだ。

料理しながら片付けてれば、こんな根性試しみたいな皿の山なんて出来なかったのに。

合間にスマホなんて見てないで、片付けてくれたらよかろうに。

私は、小者なのである。

それにしても、このイライラはどうしたらいい。

期待と依存であるなら、期待しなければいいと思うが、この場合、「片付けながら料理をしてくれることはない」と思えばいいということになる。

料理してくれるだけいい、と思えばいいのかもしれないが、あの山を片付けるのは正直、嫌だなぁ。

料理をするなら、片付けるところまでやってくれれば問題ないか。

もしくは、私が全部料理をすることにして、夫が料理をしなければいい。

ただそうなると、私が全ての料理を作れるのか、といえば、ずっと作っていると疲れてきてウンザリしてくる。

だったら、休日のランチは外食にしたり、お弁当を買ってきたりするようにすればいい。

その場合は、夫には料理しないでもらう、ということになる、それも、夫のやり方が不満だから…?

思うのだ。

夫の片付け方が気に入らないからって、全部を自分でやればいいっていうのは、あんまりいい解決法じゃない気がする。

一時が万事で、どんなことも自分でやらないと気が済まなくなりそうだ。

それは、実はいいことではない。

私がやらなければ、誰も何もできないなんて、結局私も困る気がするのだ。

この状況をどうにか打破するために、何をしてみようか。

日々、実験であるから、何かとりあえずやってみよう。

考えた結果、そもそも、まずは、「私がやるのだ」と思ってみようと思う。

1人でやればいいとは思わないから、矛盾しているようなのだが、まずは「私がやる」と決めてしまう。

掃除も片付けも、期待しすぎていたのかもしれない。

どうして私ばかりやらないといけないんだ、という不満も大きかったかもしれない。

貧乏くじを引くのが嫌だとか、損をしたくないとか、自分さえ良ければいい、みたいな気持ちも滲んでくる。

やってくれるはずだとか、やってくれたら嬉しいと漠然と思っているのではなく、期待と依存を手放してみる。

そうすれば、誰かがやってくれたら、それだけで嬉しいのではないか。

あとは、やってほしいことを、具体的に切り分けてお願いするようにしよう。

やってほしくないことも、伝えよう。

具体的に言えば、夫は大抵は嫌がらずにやってくれる。

今朝、早速そう思いながら家事をしてみた。

不思議なくらいテキパキと家事が進んだ。

夫も、言われたことをテキパキとやってくれて、いつも以上に家事がはかどった。

部屋も綺麗になって、関係もこじれず、気分もいい。

これなら、ますます快適になっていくような気がする。