最近、YouTubeを見ていて、思った。
恋人に高価なものをねだり続ける女性を見て、なんていう身勝手な人なのかと思ってしまった。
それって、相手が好きだから一緒にいるというより、相手のお金が好きなんじゃないの、と。
たとえその通りだったとしても、私には全く関係ない話なのだが、またもや他人に対するジャッジが発動している。
そこで私は、私の中に何かいらない価値観があるのだろうと思い、これはチャンスとばかりに、それが何なのか考えてみることにした。
どうして、そのお金持ちの彼は、こんな欲望だらけの彼女がいいんだろう。
本当に、余計なお世話なのは重々承知なのだが、想像してみる。
考えてみたら、この彼も、破天荒だから、当然私とは価値観が違うんだろうな。
これくらい強欲で正直に言ってくれる存在というのは、案外彼にとっては貴重なのかもしれない。
普通の感覚の人なら、何かをねだるとか、しかも何回もなんて流石に悪いよなとか、嫌われちゃうかなとか考えそうなものだと思うのだ。
彼は、こういう、欲望に正直で隠さない人の方が新鮮で楽しいのかもしれない。
お金はうなるほど持っているのだから、それを使って欲しいものを買ってあげて、喜んでくれたら可愛いのかもしれない。
そうか。
彼と、彼女は、とても似ているのだ。
2人とも、欲望に正直なのだ。
欲求に素直なのだ。
あれが欲しい。これがしたい。
それを思ったら、そのまま表現できる。
それを悪いとも、分不相応とも思わない。
彼は、欲望に素直だから、仕事に打ち込むことができ、自分流を貫き、だからたくさん稼げるのかもしれない。
彼女は、欲望に忠実だから、素直に欲しいと言える。そこには、自己卑下のような感覚はなく、ただ、子供のように、素直なのではないか。
もちろん、下心はあるだろう。
下心って、子供にも当然あると思う。
彼も彼女も、自分の「したい」に忠実で、だから一緒にいて楽しいのかもしれない。
そして、ここで私はハッとした。
私は、自分の欲望を、はしたないと感じたりしている。
もっと節約しよう、物を大切にしよう、お金を大切にしなければ、という「刷り込まれた常識」で、自分を縛っている。
自分のことを、常識という枠にはめて、押さえ込んで我慢させているから、他の誰かが、欲望のままに行動するのを見ると、「あれはいけないことだ」というジャッジメントが発動する。
あの人は、よくないことをしている、と。
私は、むしろ、彼女から学べるのだ。
よく見てみると、彼女は、なんでも欲しがっているのではない。
自分の好みに忠実なのだ。
それに沿わないものは、欲しくない。
欲しがるものが相当高価だから、そこに目が行きがちだったけど、よく見れば自分の欲望に正直なだけなのである。
私に、それができるのか?
自分の欲望に正直であるということは、すごくシンプルだ。
欲望を隠したり、違うものにすり替えたりするうちに、本当に自分がしたいことを見失っていく。
そうなると、人生はもっと複雑になり、幸せはどこかぼんやりしてしまう。
もっと、欲望に素直でよかったんだ。
彼女を見る目も、彼を見る目も変わった。
私の心は、少し軽くなった。


