好きなことをする元気すらなかった私が、楽しそうだと思える今日まで戻ってきた話

心の模様

最近、自分でも意外な自分を発見している。

SNSを見ていたら、偶然流れてきた動画で、持っているワンピースに刺繍をして自分だけの服にして楽しんでいる人がいた。

それを見て、私もやってみたいと思った。

そう思っている自分に驚いた。

というのも、前は、到底やりたいと思えなかったからだ。

以前、私が、毎日に疲れていた頃、自分が何をしたいのか、何が好きなのかさえわからなかったあの頃。

子供の頃に好きだったことをやってみようと思ったけど、子供の頃に好きだった工作や、手芸や、塗り絵など全般、全くやりたくなかった。

楽しく感じられなかったし、むしろ、疲れるから嫌だとすら思った。

それが今、また、楽しそうだな、やってみたいな、と思っている。

他にも、庭やプランターで、ハーブを育てて、料理の合間にそれを収穫してきて食べる、そんな動画。

私もそれ、やってみたい、そう思った。

私の心が、だいぶ回復したのかもしれない。

もしかしたら、大人になった後の、こんがらがった疲れには、解きほぐす順番があるのかもしれない。

疲れきっていたあの頃、手芸をやる元気はとても無かった。苦痛でしかなかった。

子供の頃に好きだったことをやってみようにも、同じように楽しいとは思えなかった。

仕方がないから、大人になった私が、その時に感じられた極少量の楽しみな感情に従い、それをゆっくりと満たしていったことで、私は徐々に変わっていけた。

てっきり、私はもう大人になりきってしまって、子供の頃に楽しかったことは、もう楽しく感じられないのだと思っていたが、そうではないのかもしれない。

大人になった私たちは、まず、大人としての自分の欲求を満たしてあげて、それが済んだら、子供の頃のワクワクにもたどり着けるのかもしれない。

よくはわからないが、私はそうだった。

いきなり、子供時代に遡らなくてもいい。そこに全く面白味を感じなくても大丈夫。

まずは今日、いや、むしろ今、今の自分が少しでも楽しそうだと思えることを選んできた。

それを積み重ねるうちに、知らないうちに自分が新しくなっていた。

それと多分だけど、心が疲れているうちは、「楽しい」を感じにくい。

楽しい、を感じるためには、多少の元気がいる。

どうしても、元気がないと感じる時、私は、なるべく早い時間に寝る。

20時とか21時とかね。暖かい風呂に入って、ふかふかの布団にくるまる。

そうやって、乗り切る夜もあっていい。

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