先日、息子が8歳になった。
大きくなった。
でも、まだまだ子供だ。
8年前。
息子は、妊娠23週くらいの時に、産まれそうになってしまった。
たしか、ゴールデンウィークの直前だった。
本来、40週くらいで産まれるはずなのに、だいぶ早い。
私は、早朝からお腹が痛くて、最初はトイレに行きたいんだと思った。
でも、まぁ一応、念のために、産婦人科に電話したら、すぐに来てと言われ、朝の6時過ぎに産院に向かった。
そこでもお腹は痛く、検査してもらったら、周りの看護師さんやお医者さんがバタバタと騒がしくなり、あちこち走って準備している。
私は、点滴を打たれた。
何かおかしい。
先生が、私に言った。
「産まれてしまうかもしれない。すぐに救急車で大きな病院へ行ってください。
もし赤ちゃんが産まれてしまった時のため、NICU(新生児集中治療室)のベッドを確保してもらっています。
今、救急車が来ます。」
そして、そのまま私は、入院した。
頭の中は、どうしよう、どうしよう、どうしよう。
大きな病院に着くとすぐ、また検査される。
通された部屋は、「分娩室」だった。
結婚指輪を外したり、血圧を測ったり、胎児をエコーでよく確認する。
「週相当の大きさですね」
画面を見ながら先生が言う。
私は、どうしよう、どうしよう、どうしよう。
泣きそうだった。もしかしたら、泣いていたのかもしれない。
あんまり、実はよく覚えていない。
そして私は、そのまま、点滴をしながら、お腹の痛みを感じていた。
数時間しても、そのままの状態で、私は別室に移った。
そこは、分娩室の近くにあるMFICU(母体胎児集中治療室)だった。
個室になっていて、でも、いつもバタバタしていて、そこに入った妊婦たちは、多くがそのまま赤ちゃんを産むことになるのだった。
先生に聞いたところによると、22週をすぎていれば、日本であれば、赤ちゃんを助けられる可能性が出てくると。
だけど、できるだけ24週まで、お腹の中にいてくれるように頑張りましょう、
そのころに肺の機能ができて、赤ちゃんの呼吸がしやすくなるから、
たしか、そんな説明だったと思う。
私は、なんとか24週まで赤ちゃんをお腹の中にとどまらせることができた。
そして、28週、34週、と赤ちゃんは、私のお腹で育っていき、私は、妊娠したまま退院した。
最終的には、予定日の頃に、元気に息子は産まれてくれた。
陣痛が始まって、2時間たたないうちに、あっという間に、産まれてきた。
でも、産まれたけど、泣かない。
よく見えないけど、泣いてない。
静かな赤ちゃんは、何かおかしい。
先生たちが、必死に、懸命に、赤ちゃんを、たたいている。
そのうちに、ごおお、とでも言うような、野太い声で、息子は、産声をあげた。
あの日から、8年が過ぎたのだ。
私が入院していた頃、3歳から4歳の誕生日を迎えた娘は、パパと、おばあちゃんに育ててもらっていた。
寂しそうに病室を見つめて帰っていく娘は、私に、手縫いのぬいぐるみを渡してくれた。
自分の一番のお気に入りの羊のクッションも、ママのために貸してくれた。
私の誕生日も、娘の誕生日も、入院中の病院の面会室でケーキを食べた。
あれから、8年が経ったのだ。
2人とも、大きくなった。
息子は、なんでも成長が遅かった。
娘は、なんでも成長が早かった。
娘は、1歳になる前に歩いていたし、おしゃべりも早かった。
息子は、1歳になっても、たしか、お座りが上手にできず、2歳をすぎても、ほとんど喋らなかった。
それでも、いつも、いつも、ニコニコしていて、常にだいたい機嫌のいい赤ちゃんだった。
よだれを垂らしまくり、赤ちゃんのよだれかけって意味あるんだなと実感した。
小児科で、この子が喋らない、と相談したこともあった。
先生は、息子を見て、言った。
「この子は、喋らなくても、こちらの言うことはちゃんと聞いてますね。
この子が喋らないのは、多分、喋りたくないだけだと思います。
僕も3歳くらいまで喋らなかったですよ。」
喋りたくないとか、あるの?
心配していたのが、急に、大笑いになった。
息子は、人懐っこく、活発に育った。
実は、あの朝、お腹が痛い時、念のために産婦人科に電話をしたのには理由があった。
お腹の中で、赤ちゃんが、必死に暴れていたからだ。
まだ小さくて、それほど胎動を感じる時期でもないはずなのに、何かお腹の中で、必死に暴れて蹴っている。
ママ!ママ!
あれは、息子が、必死にママに教えてくれたんだなと思う。
産まれちゃいそうだよ、まだだよ、今じゃないよ、ママ、ママ!って。
あの子が、必死に、教えてくれた。
生きようとしていた。
この子は、生命力と、運を味方にしているんだろう。
そんな息子は、これから、どんな子になるのかな。
いい子なんだけど、ちょっと抜けているというか、うっかり失敗をしちゃうから、これまでに何度も学校の先生から電話をいただいたっけな。
でも、元気に、すくすく育ってる。
無事に産まれてくれて、ありがとう。
8年前、私もよく頑張ったな。
あれからの8年間もずっと、よく頑張ってきた。
ほんとうにおつかれさま、ありがとう、私。
私たち家族、みんなよくやってきたな。
毎年、子供たちの誕生日には、身長を測ることにしている。
息子8歳の誕生日の身長の記録は、娘9歳の身長の記録とほぼ同じあたりだった。
そんなものを眺めながら、子供たちの成長を見た。
子供の誕生日は、自分の誕生日より嬉しいかもしれない。
子供の成長も嬉しいし、私も頑張ったなと感じられるから。
そんな、うちの夏生まれの熱い男は、今、夏休みのスイミングスクールで、クロールを習っている。

